親しらず


右奥にある親知らずの存在がどうも気になって仕方がない。大きく口を開けたときに、カクッという音がする。左右の開き方が違っているのだろう。他の三つの親知らずは、もう抜いてしまっているので早くこいつも抜いてしまいたい。


そういえば、今の歯が並びそろう前には、子供の歯と言っていた歯がはえていたのを思い出す。ぐらぐらとして抜けそうになったら、糸を巻いて無理矢理ひっぱってすっぽーんと抜いていたもんだけど、あれ結構楽しかったなぁ。たしか、抜いた歯は良く育ちますように、とかいってベランダから庭に放り投げていたっけ。でもよく考えてみると、歯ってそんな簡単に土に帰りそうにないから、もしかしたらいまでも実家の庭に埋まっているのかもしれない。


実家といえば、今日親と電話で話したら、少しではあるがおせち料理を送ってくれるそうだ。聞けば、栗きんとんとか黒豆とかを送ってくれるそうで、なんだか色々とおいしそうな絵が浮かんできて楽しみになってくる。


ところで、家ではきんぴらごぼうを正月に食べるのだが、それを父親がつくるのがなぜか昔からの決まり事だ。ちょうど29日あたりにテーブルに座って黙々とごぼうと人参を切っている父の姿は家族では毎年の風物詩となっている。ただ、今年はさっきの母の電話で父が風邪を引いていると言っていたので、少し心配だ。


普段は料理はほとんどしない父ではあるが、あのきんぴらごぼうだけはなぜか毎年黙々と作り続ける。そしてその味が私は大好きだ。口ではうまいと言わないが、兄もばくばく食べているのも私は知っている。どういうきっかけで父がその行為をはじめるようになったかはわからない。毎年決まって妙に真剣な顔をしているから、おそらく何らかの理由はあるんだろう。


その理由について私が父に聞くことはないかもしれない。だが、毎年29日になったら居間のテーブルで起こる光景と聞こえてくる音は一生忘れることはないだろう。父は、ゆっくりと、正確に、ごぼうを刻む。絶え間なく聴こえてくる、包丁がまな板をはじく瞬間の音のリズムは、忘れようにも私の身体に完璧に根付いてしまっているからである。