安藤裕子「それから」

 アルバム「勘違い」からお気に入りの曲。もう5年以上前に発売されているのだけれど、今、年を重ねてあらためて聴いて名曲なのかなと思う。シングルカットされていない曲なので、当初はアルバムを全体の通しで聴いていたが、それほど存在を意識していなかった。けれども何度も聞いているうちに、いつの間にかこの曲が私の一番好きな曲になっていた。

 滲み消えるほど
 手のひらに握り隠した
 君への言葉は紙に書いて
 誰も知らぬように

 曲の冒頭から、そこにある情景と想いが、安藤裕子の唄により鮮明なイメージとして浮かび上がる。アンニュイであるけれど、途切れない相手への想いを持った女性のふとした一場面が想像される。

 風が薫り頬を巡る
 昔に見た景色を思い出して
 強く目をつぶる
 光って 光って ああ眠れないよ

 曲調の一番盛り上がるサビは、風の匂いによって想起される当時の輝かしい記憶にとめどない感情が溢れ出す。
 どの季節なのだろうか。なんとなく、私のなかでは、5月のようやくあたたかくなってきた春の空を想像して聴いている。


 この唄は、切なさの感情から始まるも、前向きな想いをもっておわりをむかえる。

君に会えたなら
伝え忘れたことを
やたら大きな声で
届けられるように
笑って贈るよ


 美しい記憶と途切れない想いを、哀しみのなかに明るく前向きな言葉で締めくくる。ひとつの曲の中で女性のひとつの物語が前進する。美しいメロディーと季節の薫りが感じられるような描写によって、心のなかのある部分がひたひたと満たされるような優しさにあふれた曲である。


 未聴の方は、ぜひ何度かリピートして聴いてみてほしい曲である。メジャーな曲ではないけれど、きっと他にもこの曲が好きな方がたくさんいるはずだ。


勘違い

勘違い