捉える


我々は世界をどのような手段で捉えているのか。
一般的には言語によって捉えていると考えられるだろう。
言葉によって世界という概念も現れているし言葉によって理論も組み上げられる。


俺もちょっと考えてみて言葉によって客観的に世界を捉えているんだなと思った。
毎日いろいろ人と話しながら世の中の見方を広くしていく。
なんだかんだでそういって人間は大人になっていくんだろうし。


でもそうでないものによっても無意識に世界を捉えているんじゃないかともおもう。
主観でもなく自己という存在との世界との接点において。
つまり世界の一部であるという無意識がどこかに存在しているんじゃないか。


言葉によって客体化した時点でそれは失われてしまう。
あくまで世界と一体になった状態からは離れてはいけない。
無為自然という状態がそれに近いのかもしれない。


なんだかそれこそ哲学的な話になってしまったなぁ。。だめだこりゃ。