モチベーションと経験2


・ワールドカップフランス大会、日本 対 クロアチア


FW 城 中山
MF 相馬 名波 山口 中田 名良橋
DF 秋田 井原 中西
GK 川口
交代出場 岡野 森島 呂比須


初戦の相手アルゼンチンに敗北した日本は,最低でも引き分け以上の結果が求められていた。
気温は35度。強烈な日射しを浴びるピッチは、まさに生き残りをかけた戦場そのもの。


そこで日本はまぎれもなく世界との真剣勝負を繰り広げていた。
もしかしたらあのときの日本代表はサッカーという枠を超えていたのかもしれない。
なにしろ日本という国の、なにも知らなさ、が異様な雰囲気となって現れていたと思う。


まずサポーターからその予兆は見えていた。
フランスという遠くはなれた異国であるにもかかわらず、
日本人サポーターがスタンドの多くを占めていた。
そして試合は彼らの異様とも思える統制のとれた合唱で、
そこがいったいどこなのかわからなくなるようだった。
選手たちもとくにディフェンスのチェイスにおいて、
なりふりかまってられないという感じで相手にあたっていった。


それも、あの暑さの中90分間ほとんど衰えることなく。
フォワードの選手がシュートを打てばそのプレイの良し悪しに関わらず、
必ずその選手を連呼する応援が鳴り響いた。
クロアチアの選手はいったいあの試合をどうおもったのだろうか。
彼らはおそらく普段通りのサッカーを展開していたように思う。
FWのシュケルやサイドのヤルニ、MFのプロシネツキは、
本当に1つのチャンスを正確に生かしてゴールへとむかってきた。


そんな彼らも暑さと日本の異様な雰囲気に押されてか後半も15分くらいになると明らかに疲労の色を見せていた。


日本はしっかりとしたイメージを持って何度となく攻めていた。
特に相馬は堅実な守備を前提として攻めにおいても素晴らしい活躍をした。
タイミングの良い上がりからの左足のクロス。
時折内に切れ込んでの右足の強烈なミドルシュート
彼の存在は明らかに相手の脅威となっていた。


しかし後に浮かび上がる言葉である、もはや聞き飽きた
決定力不足というものも局面の端々に見られたのも事実。
特にフォワードは枠に行くシュートをほとんど飛ばすことができなかった。
けれども当時の背景をふまえつつ、今この試合を見ると、
実はフォワード陣は彼らのできる仕事はしていたように思う。


城が軽率なプレーをしたという批判が当時そうとうなものであったが、
実際のプレイはかなり惜しいところまでいっていた。
言い方は悪いが彼は実力をかなりの部分発揮していたと思う。
点が決められなかったのはまさしく日本のその当時の実力であったというほかはない。


実際、山口、名波、中田でつくる三角形の中盤は相手に対し引けを取っていなかったし、
中西や秋田のマンマークは最後まで相手を苦しめていた。


しかし結果は周知の通り日本は1-0で負けた。
後半30分にシュケルにうまく決められそのまま得点を奪えずに敗北した。
得点はまさに相手にとってもギリギリで決めたというものだったとおもう。


日本は、初出場でなにもしらないというところからくるモチベーションと
気持ちという最大の武器を最大限発揮したが負けた。
くやしいけれど、クロアチアの経験、試合運びのうまさ、
つまるところ一人一人の選手の質の高さでやはり負けたのであろう。


この試合ではモチベーションは経験を上回ることができなかった。
しかし、最高に熱くなれた試合だった。
なにより選手も自分も未知の体験の連続であった。
気持ちだけでどうにかなってしまうのではないかという異様な雰囲気が日本中に蔓延していた。


今振り返るとそれはあきらかに異様なものであったが、当時あの雰囲気は最高に興奮した。
俺のなかでサッカーというスポーツが完全に欠かせないものとなった試合の1つであると思う。


その一番の理由は、やはりあのとき日本の選手たちがみせてくれた、
最高に気持ちのこもった試合へのガムシャラさである。